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日本文理にあっぱれ!越後の粘りで準優勝

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第91回全国高校野球大会は23日、新潟県勢としては未知なる世界の準決勝で日本文理はPL学園や帝京を倒して来た伝統校の県岐阜商を2-1で破った。正直、日本文理の快進撃はもう終わりだろうと思っていたが、本当にすばらしい活躍だった。
この日は友人のカメさん宅におばあちゃんを撮影した写真を届けるのを口実に、一杯飲みながら野球観戦をさせてもらう。近所の野球仲間も訪れると家はスポーツバーに変わってしまった。
先取点、追加点、最終回のピンチを乗り切り勝利の瞬間はご覧のポーズでバンザイの連呼である。
歴史的なこの快挙は日本文理に何をさせようとしているのか?
新潟の野球は間違いなくこれで変わった。そして私たちにも心一つになる絆を教えてくれた。
試合後、興奮さめやらぬ状態で乾杯が続く。
もう焼酎を何杯飲んだかわからない位泥酔状態だ。
この夜は家にどうやって帰って来たかわからなくなった。ゲッ、ゲッ、ゲッ・・・・・・・・・
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Canon PowerShot G10  6.1-30.5mm 
F5.0 1/40秒  ISO800 12:47 晴れ
撮影日2009.8.23 撮影地 Mさん宅

一夜明けた24日の決勝は愛知代表の中京大中京と対戦する事になった。
史上最多となる7度目の全国制覇を目指す中京大中京はチーム打率が5試合で.373、本塁打が6本と打撃のチームである。特にクリーンアップの勝負強さが目立つ。準決勝では選抜準優勝の花巻東を11-1で破り今大会ナンバーワン左腕の菊池雄星を打った。投手力はエース堂林が5試合で防御率2.08と安定している。ストレートとスライダーを低めに集める制球力は抜群だ。2年生の森本も3試合に登板しているので継投も万全である。
対する日本文理は初の決勝進出となる。4試合でチーム打率が.411と打撃には自信を持っている。
2試合連続毎回安打は大会史上初の快挙で、6番高橋義人と9番中村は6割バッターである。
投手はエース伊藤が4試合を完投した。
ストレートとスライダー、チェンジアップで打者のタイミングをかわす投球術は絶妙である。
甲子園では落ちるボールを投げられるとピッチングの幅が広がる。
この試合は日本文理の伊藤が強打の中京大中京をどう抑えるかが焦点だと思ってテレビ観戦をした。
一回裏、中京大中京は4番堂林が先制の2ランを放つ。二回表、日本文理は4番吉田、5番高橋義の連続二塁打で1点を返す。さらに三回表、日本文理は2番高橋隼の左超え本塁打で2-2の同点となった。
四回表、一死一塁で日本文理の伊藤はセンターへ弾丸ライナーを放つも、中京大中京の岩月が超美技を見せる。六回裏、中京大中京は二死満塁から再び堂林が伊藤のスライダーを左前に2点タイムリーを放ち4-2と勝ち越した。その後、守備の乱れと3点タイムリーツーベースなど打者11人で6点が入り8-2と優位に立った。七回表、日本文理は7番湯本、8番若林、9番中村の3連打で1点を返し8-3とする。
中京大中京は七回裏に2点、日本文理は八回表に1点を入れ10-4で迎えた九回表、日本文理の攻撃は二死ランナー無から1番切手が四球で出塁すると二盗に成功し2番高橋隼、3番武石が連続長打で2点を返し10-6と反撃。4番吉田は万事休すと思った打球が三塁手が目測を誤りファールで命拾いした。甲子園の魔物が日本文理に流れを呼ぶ。吉田に死球を与えた中京大中京の堂林は森本に再びリリーフを仰ぐ。5番高橋義は粘って四球。二死満塁で6番伊藤が打席に入った。甲子園球場は「イトウ」コールが地響きのように沸き起こる。これが弱者に味方する甲子園独特の雰囲気なのである。
期待に応えた伊藤は左前に2点タイムリーで10-8まで追い上げる。さらに代打の石塚が初球のカーブを狙い撃ち左前にタイムリーで10-9となる。野球はツーアウトからという諺があるがまさにその通りとなった。
4万7000人の大観衆は異様な興奮に包まれ、次の8番若林の一打に注目する。
短く持ったバットから鋭い金属音が発した。「カキーン!」
打球は中京大中京のサード河合のグラブに真っ直ぐに吸い込まれた。一塁へ走る若林の脚が止まりグラウンドへ崩れるように倒れこむ。
日本文理の怒涛の攻撃は終わった。
第91回全国高校野球選手権大会は中京大中京が43年ぶりに7度目の優勝で幕を閉じた。
私はこの決勝戦のポイントは二つあると思う。一つは同点で迎えた四回表の中京大中京のセンター岩月のスーパープレーである。日本文理の伊藤が放った打球はセンター後方へ一直線に飛んでいった。岩月はフェンスを気にする事もなく真っ直ぐに背走してジャンプしグラブをはめた左手を伸ばして好捕する。
私も社会人時代、センターを守っているのでこのプレーについて解説したい。
外野手の捕球練習はノッカーからボールを打ってもらう事の他に、10メートル位の距離でまず自分が後ろ向きに走り、その後ボールを投げてもらい、一度打球から目を切って捕球する練習をする。
それから夏場は白いワイシャツが目立つため球場全体が真っ白くなってボールを見失いやすい。
そのため必ず捕手のミットと打者のバットだけを見るようにして打球が当たる瞬間を絶対見逃してはいけない。
打球音が聞えると同時に前進なのかバックなのかをすぐに判断しなければならない。
外野の飛球は左右の打球より頭上を超えようとしてくる直線の打球が一番難しいのだ。
この場合最初のスタートの一歩が重要である。それと守備位置もあらかじめ投手の攻めるコースによって変えておかなくてはいけない。
この場面、長打警戒で深く守っていたのも見えないファインプレーであった。
もし抜けていたら日本文理が3-2と逆転しゲームの主導権を握っていたかもしれない。
二つ目は六回裏の日本文理の守備だ。
堂林に二死満塁から勝負して打たれたのはしょうがないとして、4-2となったあとのさらなる満塁で一塁手と投手の間に転がったボテボテのゴロを一塁手がダッシュしすぎて投手がボールを拾った後、一塁にカバーが誰もいなくて三塁走者を返してしまった事だ。これで5-2となりその後走者一掃の3点タイムリーが出て8-2と中京大中京に大きく引き離された事である。あのゴロをしっかり処理出来ていればチェンジとなり2点勝ち越されただけだったのにとても残念なプレーである。
九回表の日本文理の反撃を考えれば9-6で勝利していたかも知れない。
野球は一球のミスが運命を別ける。
中京大中京の優勝はあの超美技のおかげとといって過言ではないだろう。
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Canon PowerShot G10  6.1-30.5mm 
F5.6 1/60秒  ISO400 
撮影日2009.8.24 撮影地 自宅

ところで31年前の1976年、私の高3の夏は3回戦であっけなく敗退し甲子園は夢と消えた。
その時の新潟代表は高田商である。
高田商は新潟県大会で春の選抜に出場した糸魚川商工と1回戦で対戦する。
上越市の高田公園野球場始まって以来の大観衆となり高田商は4-1で糸魚川商工を破る大金星をあげた。勢いに乗った高田商はベスト8まで順当勝ちし、準決勝では機動力の長岡商を7-6で撃破する。
決勝戦では春の北信越県大会で優勝した三尺玉打線の長岡高に7-5の逆転勝ちをして初の甲子園出場を果したのである。
甲子園では2回戦で宮崎代表の福島高と対戦し高田商は四番松田が県勢として初めてのホームランを打ち10-7で勝利する。
3回戦は愛知代表の中京と対戦した。私はどうしても甲子園に行きたくてこの試合を応援に行ったのである。
高田商のアルプス席で郷土の選手達に声援を送った。だが結果は四安打に封じられ8個のエラーが出ては勝ち目がない。12-1の完敗である。力の差は歴然としていた。
この試合後、全国の強豪を見届けようと決勝戦までの10試合を4日間かけて神戸の親戚に宿泊させてもらい甲子園に通いつめた。銚子商の宇野、豊見城の赤嶺、星稜の小松、海星の酒井、どの選手も新潟にはいないスーパースターであった。決勝戦は桜美林とPL学園の対戦となった。どちらも4試合を見たので自然と校歌を覚え、今でも時々歌っている。
試合は桜美林が延長11回裏、菊池太陽のサヨナラヒットで4-3とし初出場、初優勝を果したのである。
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Canon PowerShot G10  6.1-30.5mm 
F8.0 1/13秒  ISO400 
撮影日2009.8.25 撮影地 自宅

今夏の日本文理の活躍について一言で語るなら、経験豊富な選手達だったのが準優勝へとつながったと思う。有望な選手を集め1年生からゲームに出して3年計画でチームを作る事が大切なのだ。
まずエースの伊藤投手は関川中学3年の時に軟式野球で県準優勝を果たし、日本文理に入学。
高校では1年夏からベンチ入りし、その年の秋にはエース№1を付け県大会で優勝した。
昨夏は準決勝で県央工に敗れたが、秋の県大会で優勝し北信越も富山商に逆転勝ちして優勝した。
11月の明治神宮大会では1回戦で鵡川(北海道)に11-6と敗れ大井監督から投手力の弱さを指摘され野手転向の話も出た。しかし今冬の徹底した走り込みと筋トレでエースの座を死守し春の選抜に出場した。
大会前の練習試合で今夏出場した日大三(西東京)と対戦し、伊藤投手は5回を1失点と好投する。
継投した本間投手が3失点したが5-4で勝利した。
選抜は対戦相手が優勝した清峰(長崎)だったのが不運であった。好投手今村を攻略できず4-0で敗戦。
甲子園から戻ると打線をさらに強化し、春の県大会に優勝する。北信越では初戦で遊学館(石川)に3-2で惜敗した。そして迎えた夏の県大会は6試合で28回を投げ自責点3、防御率0.96と県ナンバーワン右腕である事を証明し圧倒的な強さで優勝。
夏の甲子園では140キロ近い速球とスライダー、チェンジアップを軸に打たせて取る投球が冴えた。
野手陣で昨夏からレギュラーだった選手はサードの中村選手とショートの高橋隼選手だけである。
新チームとなった秋の北信越大会では今夏のレギュラーメンバーがほぼ固まってきたが、主将の中村選手がケガで欠場し、東京出身の切手選手がサードを守る。武石選手はセンターでファーストは田辺選手が守り、セカンドは平野選手が起用された。
捕手も伊藤投手と同じ関川中出身の若林選手である。
明治神宮大会でも中村主将は出場できなかった。この試合はファーストに今夏9回に代打で登場し1点差と迫るヒットを放った石塚選手がスタメンで起用され、レフトには笹川選手を使っている。
選抜大会前の日本文理の戦績は公式戦10勝1敗で平均失点が3.4と出場32校中、箕島と同じワーストタイ記録。だがチーム打率は.335で出場校中11番目の数字で打ち勝ってきた事がわかる。
特に高橋義選手は高1の夏に3番で出場して以来レギュラーを守って来た。
新チーム結成後、公式戦で4本塁打を放った強打者だ。
選抜ではセンターに朝妻選手がレギュラーとなる。ショートの高橋隼選手以外、新3年生で不動のメンバーが決まった。
選抜で敗戦後、日本文理にスーパールーキーが入部する。長野県から野球留学してきた湯本選手である。
春の北信越県大会では5番でファーストを守った。そして貫禄の優勝。
いよいよ夏の大会が始まった。湯本選手は一年生ながらセンターのレギュラーを勝ち取り、武石選手はファーストとなった。日本文理は持ち前の打線が爆発して優勝。春夏連続の甲子園出場を果した。新潟県歴代出場校の中で最強と言われた。
チーム打率.396、本塁打3本、6試合で58得点、失策も4と安定している。
全国には強豪がたくさんいる。西東京大会6試合で73得点をあげた日大三、東東京大会決勝で雪谷に24-1と圧勝した帝京、愛知大会のチーム打率.474の中京大中京、大阪大会12本塁打のPL学園、選抜準優勝で最速150㌔を超える左腕菊池雄星がいる花巻東、山形大会5試合を無失点に抑えた安井がいる酒田南、県大会32回1/3を連続無失点の左腕岡田がいる智弁和歌山、大分大会3失点で投打の中心となる今宮がいる明豊、秋田大会5試合を無失策の明桜、木内マジックの常総学院、31年ぶりの出場となる作新学院、最多30回目の出場となる龍谷大平安など栄冠目指し49校が熱戦を繰り広げた。
私は正直なところ日本文理には初戦突破を期待していただけだった。
もしまた負けたりしたら大井監督にはこの辺で勇退してもらい、若手に監督を交代したらどうかと勝手に思っていた。
それがあれよあれよで決勝戦に進出するなんて本当に驚いている。
こんな結果が出れば大井監督にはまだまだがんばってもらわないとダメだな。
新潟県は甲子園では勝てないと言われ続け1979年以降、30年間で県勢の初戦敗退は24回を記録する。
今大会まで夏の甲子園での勝利数は16で全国最下位だった。
では何故、日本文理が準優勝出来たのだろうか?くじ運が良かったという人がいるが初戦の寒川、3回戦の日本航空石川、ベスト8の立正大淞南はすべて初出場である。たしかにここまではそうかもしれないが準決勝のPLや帝京を破ってきた県岐阜商に勝ったとなると簡単にくじ運だけではすまされない。もはや運も実力のうちである。
日本文理の躍進の秘訣は打撃力である。新チーム発足当初は大井監督に「火縄銃打線」と称されるほど貧打の連続だった。以後早朝約2時間半の打撃練習を行ない、放課後の練習もバッティングが9割を占めた。
またパワーアップに腹筋と背筋を毎日1000回こなし、鋭い打球が飛ぶようになった。
フリーバッティングでは一球だけに集中する「一球バッティング」に力を入れた。
日本文理の甲子園での5試合の成績は74安打、38得点、1試合の平均得点7.6、4本塁打、チーム打率.398である。
昨夏出場の県央工の得点は2、チーム打率は.226、一昨年出場し3回戦まで行った新潟明訓は1試合の平均得点が2、チーム打率は.207である。いかに今年の日本文理は桁外れの打撃だったか証明できる。
では決勝戦の話にしよう。
私は昨夏の決勝戦、17-0で大阪桐蔭が常葉菊川を破り17年ぶり2度目の優勝を果した試合を思い出した。
日本文理には悪いが、ワンサイドゲームになって試合をぶち壊す事だけはやめてほしいと願っていた。
六回裏、中京大中京が一挙6点を入れ8-2となりその予感が的中する。がっかりした。
10-4で迎えた九回表、日本文理の攻撃も簡単にツーアウト。
誰もが三者凡退だろうと思ったに違いない。精神的に弱いチームはここでベンチにいる選手が泣いてしまう。
特にエラーした選手がそうである。ところが日本文理のベンチにはそんな選手はいなかった。
みんな逆転を信じ懸命に打者に声援を送っている。
大阪の人達は弱者に味方する。昨年甲子園に初出場した県央工の鈴木監督は、練習場でグラウンド管理者から「報徳学園なんかやっつけてや!時間なんか気にせんとなんぼでも練習してええよ!」とハッパをかけられたそうである。
甲子園は日本文理の反撃に沸きかえった。
二死ランナー二塁で2番、3番が連続長打で2点を返し10-6。ここで4番吉田の打球は三塁へのファールフライ。甲子園の大観衆から悲鳴が聞える。ところが信じられない事が起きた。サードの河合がボールを見失ったのである。これが甲子園の魔物というものか?堂林はこれで動揺し吉田に死球。ここで再びリリーフした森本は5番に四球。二死満塁で伊藤は2点タイムリーを放ち10-8まで追い上げた。「日本文理の夏はまだ終わらない」とアナウンサーが絶叫する。
こうなると甲子園の観客は日本文理に声援を送る。
代打に石塚が登場した。これまで日本航空石川戦で代打に出たが三振している。
プレッシャーに押しつぶされそうな場面で彼は初球を打った。読みどうりのカーブを左前に運んだ。10-9となる。
満面の笑みでガッツポーズの石塚はベンチを見た。「俺はつないだぞ。あと1点だ」
甲子園は日本文理の驚異的な粘りに沸いた。
8番若林が打席に入る。今日は1安打してるが3三振と粗さを見せている。
こんな場面、「俺が決めてやる!」と思うと力んでしまい打ち損ねてしまうものだ。
「無心になれ!」と私は若林のバットに期待をした。
火の出るような打球がサードへ飛んだ。無情にも河合のグラブにすっぽりと収まってしまう。
「あああ・・・・・・!」
この瞬間、新潟県民すべての人が悲鳴をあげた事だろう。そして感動に涙し、日本文理の大健闘に拍手を送ったはずである。
球史に残るすばらしい決勝戦となった。本当に見事な日本文理の準優勝である。
大井監督は甲子園で勝つには全国トップレベルの投手を打てる打力、エース級の投手の二枚看板、無死ランナー1塁でも走れる機動力の3つを掲げた。私はさらに鉄壁の守備をこれに付け加えたい。
野球にエラーはつきものだと言われるが、全試合無失策のチームが出来れば絶対に負ける事はない。
1点もやらない野球が出来れば、今度こそ日本文理の全国優勝が実現するだろう。
凱旋した日本文理野球部に県民栄誉賞を贈る事が決まった。
秋の北信越、新潟国体とまだまだ日本文理の大フィーバーは続きそうである。

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Canon PowerShot G10  6.1-30.5mm 
F5.6 1/50秒  ISO400 
撮影日2009.8.24 撮影地 自宅



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by chonger48 | 2009-08-25 22:50 | スポーツ
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